hayariki.com 地球環境問題、脱原発 Click here to visit our sponsor Home Click here to visit our sponsor Murauchi DVDが二割引 DVD がすぐ届く!到着日が選べる!

反原発 私は原子力発電反対派です。まず原子力発電はコストが高く、原発による発電が電気料金を高くしている一因となっています。事故の危険以前に原発は発電方法として非効率です。原発反対派は電気を使うなという暴論を主張する原発推進派がいますが、もし電力消費者として発電所を選択できるのであれば、喜んで原発以外の発電所を選択します。

これまで電力会社は地域独占が認められ、料金設定はコストを元に、乗算していました。そのためコストを高くすれば料金も高くできる仕組みになっており、高価な原発を導入し、原発推進に膨大な広告費を投入するインセンティブになっていました。

科学の進歩は失敗の歴史であり、失敗が科学の進歩をもたらす面があるのは事実です。皮肉な言い方をすれば、失敗を重ねる分野ほど進歩も速いのかもしれません。しかし原発の失敗は影響が大きく、文明の許容度は大きな失敗を何度も重ねさせるほど大きくありません。JCO臨界事故は地域社会を麻痺させるには十分でした。そして技術の進歩のために、地域住民に外出禁止や健康への不安を受忍させる権限は誰にもありません。もし原子力技術が何度も失敗を経験するならば、社会への損害は甚大なものとなります。逆に失敗なしで運転されるならば、技術としての進歩はありません。R&Dでの実験段階で起こるべきエラーをテストし尽くして、実用段階では無事故で運転するというのが、原子力に限らず技術にとってベストですが、テストと実用は異なるのも事実です。

そして技術を利用するのは人間であることを忘れてはなりません。JCOや東電の管理体制を批判するのは容易ですが、いかにも悪そうなものを批判して終わりではかえって問題を不明確にします。政治家の鈴木宗男氏に対するマスメディアの批判にも同種の問題を感じます。

人間は自己の利益に沿って行動したがるものです。科学の発達ですら、進歩の成果を人類の福祉に役立てようという博愛的な熱意よりも、科学者の個人的な研究意欲、更には学会での昇進意欲が原動力になることが多かったといえるでしょう。私が宇宙ビジネスの将来性に消極的なのも、宇宙開発にはそのような側面が強いのではないかと思うからです。

従業員にとっても面倒な手順を踏むよりもバケツで作業した方が楽ならば、そうしたいでしょう。企業としてもその方が作業が速く進むなら、それを好むでしょう。更に事故があっても隠せるものならば隠したいでしょう。エラーが進歩の原動力となるのは、エラーを繰り返さないという努力があるからであって、エラー自体が望まれるものではなく、それが明らかになれば批判が出るのは当然です。その外部からの批判が安易に流れる組織に対する歯止めとなります。批判者の態度が鬱陶しいからという理由で隠蔽することは正当化されませんし、その態度では改善もないでしょう。

技術を扱うのは人間であり、人間は誤るものです。その点を踏まえないで技術の完全性を喧伝しても安全性の保証にはなりません。原発反対運動の不信感の対象も、技術そのものよりも、それを扱っている組織・人間に向けられています。JCOの臨界事故や東電の隠蔽でその正当性が明らかになりました。

原発誘致による地域振興とは、原発という有害なものを地域に設置する代償、見返りに過ぎません。地元に膨大な電源開発費を投入すること自体が原発の有害性を推進派も自認していることを物語っています。しかもその資金は有力者や建設業者を潤すばかりです。公共事業が問題視されていますが、それと同じ構図です。

原発反対派は最初の原発設置の時から一貫して反対していました。自然エネルギーの研究を怠り、これまでひたすら原発を増やしてきたという経緯は反対派を完全に無視して築かれてきたものです。従って既に原発が存在するのだから、それを前提にしろ、というのは既成事実の強引な押し付けです。JCOや東電の事件を受けて原発見直しを唱えだした立場に対してならば、そのような論理も成り立たせることができるかもしれません。しかしそのような立場は反対派の中でもシャローな立場に過ぎませ ん。


自然エネルギー 石油、天然ガス、ウラン等の資源をエネルギー源とするのは環境負荷が大きい。加えて今後数十年で石油、天然ガス、ウラン等の資源確保が難しくなるのは確実である。ウラン資源の枯渇問題は隠蔽されがちだが、ウランは化石燃料以上に偏在している。問題が表面化してから開発、普及を目指していては遅すぎる。いまから実用に耐える自然エネルギーの開発、普及を目指すことが必要である。風車は、海上におけば、総発電量の5割近くいけるし、太陽電池は、道路の騒音防止壁と、一体化したものが開発されて、設置場所は問題なくなった。

風力発電 東京都知事が海上風力を推進してるのが、将来の姿の先取りだろう。地方に負担を押しつけず、地元で発電する海上風力は、理想的な、分散型システムである。分散型は太陽発電もそうだが、地震等の災害にも強い。そろそろ電力会社も、トヨタ自動車が表面的ではあるが環境保護に大転換したように、電力の分散化を先導すべきだろう。今ならトップランナーになれる。

風力発電なら発電塔の周辺の立ち入り、漁の制約はない。工事中は漁の制約が出ようが、完了後は逆に基礎部分や足元の捨石が人工漁礁となる。建設によるマイナス分は有るがそれは建設時の一時的なもの。建設後には発電に伴う廃棄物出さないし、漁礁効果によるプラス効果がある。建設、運転の両面で環境負荷を与えつづける火力や原子力よりはるかによい。国有地である海岸線(陸上部)ならば原発と異なり、立地制約は殆どない。日本の海岸線の半分以上は残念なことではあるが人工、半人工化されているため、その部分については問題ない。海岸線の侵食が問題になっている所では、人工漁礁と護岸堤防と波力発電と風力発電のハイブリット化が有効になる。関連する部門が共同事業を行えば費用の分担が期待できる。

電圧や周波数についてはパワーエレクトロニクスの発達によって殆ど問題が発生しないまで改善されてきた。出力変動についても同様に電力の貯蔵、制御技術の発展により系統への影響が出ないように改良できる。電力貯蔵技術は元々原子力が調整能力を持たない為に深夜電力の貯蔵が出来るように開発されてきた。その技術が自然エネルギーの普の追い風になっている。

原子力発電は負荷調整能力が無いのでその分を揚水発電と組んでいるが、揚水発電は原子力の占有物ではないので他の電源とも組むことは可能である。原子力を廃止すれば今までタッグを組んでいた揚水発電設備が浮くので、当面はそこに浮動電力分を送り込んで平滑化とピーク需要に備えればよい。

風力発電が更に増えて今の原子力発電以上になれば揚水発電だけでは足りなくなる。その場合は水素を発生させ長期備蓄して必要な時に需要点まで輸送して燃料電池などで利用すれば良い。水素利用のオンサイト発電を前提とすれば海外の居住不能地帯も水素生産地として活用できる。広大な砂漠地帯には太陽光による水素発生設備を置き(特に有機系太陽電池や光合成水素発生微生物の開発促進)、風の強い地域では風力と太陽光システムのハイブリットを設置できる。日本はクリーンエネルギーの量的確保、相手国は安定輸出産業の確保。エネルギー問題と貧困対策が同時に実現可能である。下手なODAより水素リアクターの海外建設支援を行った方が相互利益になる。


風力発電所の建設ラッシュ 世界各地で大型の風力発電所の建設が続き、今年末の世界の総発電容量は、日本の原子力発電所約二十基分に相当する二千万キロワットの大台を突破する見通しだとする報告書を、米国風力エネルギー協会が十五日までにまとめた。昨年新たに建設された風力発電所の容量は、同時期に新設された原発の容量を上回り、新規発電容量では風力発電が二年連続で優位に立ったことも分かった。同協会は「風力発電のコストは着実に下がっており、建設期間も短くて済むなどの利点がある。これからも原発に対する優位は続くだろう」とする。同協会や欧州の風力発電業界などのデータをまとめると、昨年の新規風力発電の容量は三百八十万キロワットで、同時期に建設された原発の容量の三百五万六千キロワットを上回った。

国別ではドイツの約百七十万キロワットが最高で、スペイン、デンマークの順だった。この結果、世界全体の風力発電の容量は約千七百万キロワットに達し、年間総売上額は四十億ドル(約五千億円)に上る。欧州諸国や米国、中南米、アジアなどで大型風力発電所の建設が進んでおり、今年末の容量は約二千二百万キロワットに達すると試算されている。発電コストも最新の発電所では一キロワット時三セント(約三・七円)以下と、天然ガスや原発の電力価格より有利になりつつある(「風力発電2千万キロワット台へ 新設の容量も原発超す」共同通信2001.5.15)。


反原発 原発は最悪の発電手段である。原子力でなければ発電できないわけではなく、原発はなくすことが可能だから、危険を取り除くのが合理的な態度である。原子力のリスクを、考えない一般人は、ほとんどいない。それは原子力を運転するのに、地元に膨大な電源開発費が投入されることでもわかる。あれはリスクに対する代償である。若狭の原発群は国定公園内にある。景観と不協和音しているし、イメージが悪すぎる。 原発は漁業も損なわせる。近辺の漁は出来なくなるし、風評被害も受ける。消費者が原発付近でとれた魚を避けようとするのは合理的な行動である。

原発推進派は事故はあり得ないと強弁するが、現実にチェルノブイリ事故は起きた。それ以上の被害を出す事故も起こりうる。このように考えることは何ら非科学的ではない。チェルノブイリ事故は80万人位の作業員がマスク一枚で作業をしたおかげで あの程度で収まったが、その作業員は長生きできないだろう。チェルノブイリ事故は実験ミスと言われるが、実験ミスということと2度と起こらないことは関係ない。原子炉の型が日本のものと異なると主張されるが、直接の原因が異なるだけ、中の核燃料の量で事故の大きさが決まるだけである。悪いときには悪いことが重なる。具合が次の不具合を連鎖的に引き起こす。

原発推進派は「後は野となれ山となれ」の発想で地元の土建屋や旅館など業者に金が入れば、それでよしとする。賛成派が自ら国民の信頼を損ねていれば世話ない。もんじゅのナトリウム漏れに対し、賛成派はさんざん「あれは事象であって事故ではない」と強弁したが、金属ナトリウムのように水をかけたら余計に燃え上がる物騒・危険な物を、あんだけ大量に漏えいさせておいて、「事象」とは悪い冗談である。

従来は問題が生じてから対処しており、それが技術の発達を促した面もある。しかし原子力の場合、問題が出てからでは遅過ぎる。問題を想定しきれないレベルでの、技術の過信は危険である。試験や実験では全ての自然現象を解析するのは不可能である。大地の放射能汚染は一度起きると簡単に除染はできない。自然を相手にする場合は不確定要素が必ず発生する。危険の高い物のリスク回避は当然のことである。卓上の計算ではダメ、実績が必要。余りに当然のことである。


原発は化石燃料を浪費する 最近、CO2問題で地球環境=温暖化問題を盾にする推進派を多く見かける。以前はコストのことも言っていたが、終末処理まで含めると、コストは高くつく、との論に反論できないので、姑息にも地球温暖化と結びつけて推進論を展開する作戦に転じたようである。原発の増設では二酸化炭素を効果的に減らすことができない。小金持ちのどら息子が親から金を欲しいだけ取るのに理由考えるのと同じで電気を欲しいだけ屁理屈つけて子孫の財産から取ってるようなものである。原発自体はCO2をあまり排出しないとしても、その維持/運転時には膨大なCO2が発生する。加えて発電効率が悪いから大量の温水を出し、これにも温暖化効果がある。「10の原子力エネルギーをとるためには15から17ぐらいの化石燃料を燃やしたエネルギーを使わないとダメなんです。だからあれは、エネルギーということで見たら完全にマイナスです」(船井幸雄=中島孝志・船井幸雄の人生道場(ダイヤモンド社1994)120)。

原発推進派はここ数年の自然エネルギーの台頭に危機感を感じて、そのあら捜しを始めている。原発派は普段は環境に無頓着だが、自然エネルギーとなると目の色を変えて環境破壊を主張する。特に風力は商用化レベルまで発展して来たので原発派には脅威である。災いの目は小さいうちに摘んでおきたいのだろう。産経新聞朝刊2001.9.11に、原子力発電開発機構の広告が掲載された。光あふれる夜の日本列島の人工衛星画像を掲げて、「豊かさを支える原子力発電」と。膨大なエネルギーの浪費を原子力が支えています、とでも言いたいのだろうか。天国でエジソンが泣いているだろう。


温排水 原発の温排水は海水の温度を上昇させている。地元の漁師によると、柏崎原発のある方に魚やくらげが集まっていくという。海水温が高くなっているからである。原子炉の廃熱利用で有名なのは海水の淡水化だが、地元活性化のため、温排水を利用して原子力温泉を造ろう、という話もある。排水を利用した貝の養殖もある。しかし誰がそのような温泉に入り貝を食べたいと思うだろうか。新潟に雪が降らないのは柏崎原発が超高温の排気ガスを出すからだという噂がある。降雪量自体は原発建設以前より減少している。

温度だけで言えば火力の方が高温を出している。原発は300〜400度ぐらいしか蒸気を加熱しないが火力は最新型で1500度までいく。しかし燃焼温度でなく、発生して環境中に放たれるエネルギーの量で話をしなければならない。温排水こそが無駄の象徴。お茶をのむのに風呂をわかし、余った湯を全部捨てるようなものだ。比べるべきはプラント出力に応じた廃熱の絶対量である。

実証試験場竣工(1984.11) 実証試験場は、日本海側での試験研究や温排水が利用できる施設として新潟県の東京電力株式会社柏崎刈羽原子力発電所の隣接地に竣工した。1989年9月には、国の広報研修施設補助金の交付を受けて、発電所温排水資料展示館を開設した。主要任務は隣接発電所から供給される毎時200・の温排水と、同量の自然海水を使用して、水温や水質等に対する生物の反応について実証的な試験を行う。温排水が生物の成長や成熟等に及ぼす長期的な影響について試験を行う。温排水と生物に関する研究成果の普及を図る。


ガラス個化体 米国でガラス個化体の研究がガラス化法をはじめ種々の方法が並行して研究される(1953)。英国でも1956年よりポットガラス化法の試験研究が開始される。フランスでは工業規模のガラス固化・貯蔵施設が1978年から順調に運転を続けており、これまでに約2000本の固化体を製造し、貯蔵している。現在では世界中で既に10000本以上のキャニスターが製造/貯蔵されている。しかし未だ研究開始からたかだか50年しか経っていないわけで、実際の高レベル廃棄物を用いた耐久試験はどこの国も実施していないということである。

再処理工場の危険性 フランスのラ・アーグ再処理工場で危機が起きた。1980年4月15日にラ・アーグの再処理工場でちょっとした停電があった。その際には非常電源が働き別段処理工程に障害は発生しなかった。ところが停電の修理が終わり常用電源に切り替える再に手違いからショートを起こしてしまった。常用電源も非常電源も故障して再処理工場は完全に電気を失った状態になった。

冷却装置の停止した工場では高温を発する核廃棄物の温度が急上昇し大量のガスが発生。ガス爆発によって大量の放射性物質をばら撒く寸前になった。幸いにも20Kmほどの所にある軍の兵器庫に発電機が有ったので緊急輸送してことなきを得たが、もし間に合わなかったらチェルノブイリを越える核汚染を引き起こしていたかもしれない(というより他所の発電機を利用して初めて安全と言うのは安全ではない。誰も他人の尻拭いをする義務はないからだ)。

ソ連のトムスク7でも再処理工場が爆発している。どちらも日本の再処理工場とシステムに大差はない。手本はフランスである。アメリカのハンフォード再処理工場でも爆発事故を起こしている。 日本では六ヶ所村の再処理工場で操作ミスが原因の停電が有った(2000.1.26)。この時には偶然にも発電機が回り送電復帰も無事成功している。更に3台の冷却水ポンプが全て停止する機能喪失事故を起こしている(2000.11.9)。9分後にはその内の一台の再起動に成功しましたが、設計上でも想定外の深刻なトラブルである。現在は六ヶ所村の施設は本格的に稼動してないのでリスクは小さいが、本格稼動させるならば別論である。


原発事故 発電所職員はやることがなくなりトップの役員は家族に連絡、金をもって避難場所を確定し落ち合う。平の従業員は無断早退、家族と車で避難する。偽満州国の無責任な関東軍の二番煎じ。地域住民はその5時間後に避難開始。無人の原発、その30分後に水蒸気爆発。無節操なマスメディアも今回だけは近寄らず。消防、警察、自衛隊、人が集まらず仕事にならない。ヘリコプターだけが遠方から様子を見てテレビ放映。総理までテレビにかじりつく。終わり。

浜岡原発作業員を所持容疑で逮捕(2001.11.12) 静岡県警榛原署は、同県御前崎町御前崎、建設作業員、鈴木佐久次容疑者(53)ら6人を覚せい剤取締法違反(譲渡・所持など)の疑いで逮捕した。このうち鈴木容疑者ら5人は、中部電力の浜岡原発(同県浜岡町)で働いていた。調べでは、鈴木容疑者は同日午前6時10分ごろ、自宅で覚せい剤約0.03グラムを所持、今年10月下旬には同県榛原郡内の無職女性=既に同違反(所持)容疑で逮捕=に覚せい剤約0.05グラムを無償で渡した疑い。自宅から覚せい剤約0.2グラムを押収した。原発推進派はこれでも、危険じゃないと強弁するのだろうか。会社はこのような従業員のことを把握してるのか。知ってても、雇わざるのを得ないのだろうか。危険すぎてまともな人は働きたくないから。テロが起きなくても大惨事になりうる。

浜岡原発、冷却水漏れ(2001.11.15) 静岡県浜岡町の中部電力浜岡原発1号機(沸騰水型、出力54万キロワット)で起きた原子炉圧力容器からの冷却水漏れで、中電は格納容器内にある2種類の水漏れ監視装置が7月から異常を示していたことから、この時期に炉水漏れが始まったとほぼ断定した。漏れの量は毎時2-3リットルとみられる。同社は異常をつかみながら、対応が甘かったことを認めた。どんな立派な設計だろうと、運用がこれでは安全だといえるわけがない。何遍繰り返しても、同じようなミスが何度でも出る、というのは、設計が不適切 なのか、運用者に資質が無いのかどちだかだろう。いずれにしてもこのような連中に危険なものを任せておくのはもうやめてもらいたい。

放射性廃棄物の処分問題 原発は稼動されつづける限り、どんどん、核廃棄物は生じている。処理不能で埋めるしかない、数万年は危険な核廃棄物は明らかに後世に対する憂いである。電力会社は原発の高コストを電気料金に反映させて莫大な利益を上げているが、将来の問題は国任せである。常識的に考えて問題と思うだろう。日本は他国と違って非常に軟弱な地盤・火山帯の上に立地している。日本各地で温泉が湧き、地下水の挙動も複雑だ。こんな土地の深層に廃棄物を埋設するのだから、海外よりも先手を打って精査すべきだった。しかし現に高レベル廃棄物は存在する。しかも、今時間をかけて決めようとしている処分サイトは、2015年までに排出された廃棄物しか収容できない。これ以降排出された廃棄物については、2番目の処分サイトを作るしかない。ババ抜きのジョーカーは1枚だけではないのだ。

原子力を推進し、発電所を増設すれば、処分サイトは次々に増える。しかも最初に 設した処分サイトのバリア性能は十分確認されていない。これは問題である。日本には砂漠や岩塩層といった低湿の地層(これの安全性も疑問視されているが)が存在しない。危険な放射性廃棄物を作り出してしまった事実は消えないが、今後の増大は回避できる。方針変更する否かは今の世代の意志にかかっている。原子力発電の廃棄物処理費用には議論ある。「処分費用の内訳」が不明であり、金額の妥当性について国民のコンセンサスを得たとは言い難いことから、この処理費用を含んだ発電単価の信頼性にも影響をおよぼしている。


ウラン燃料の枯渇問題 ウラン燃料の枯渇問題は逆に増殖炉や融合炉の口実に積極的に利用されてる節も有る。原子力界も数派に分かれている。軽水炉派=海中からの回収技術によって今の何倍ものウランを得られる。増殖炉派=残り少ないウラン資源を数百倍の効率で活用できる。融合炉派=ウラン資源が無くなっても大丈夫。各々が色々と夢を語っているが、夢を語り出して50余年。莫大な費用を投入していながら未だに技術の完成を見ず、お荷物状態である。

ウランがなくてもトリウム炉があるとする見解もある。インドが一番熱心に研究しているとする説もある。トリウム232に中性子を吸収させウラン233に転換させてそれを燃料に用いる。いわゆる増殖炉の一種である。高速増殖炉と違うのは熱中性子を使うので熱中性子増殖炉とも言う。核融合炉で反応の際に放出される中性子を使ってトリウム-ウラン転換させるってプランも有るらしい。基本構想は高速増殖炉と同様、結構古いようだが転換の制御や生成したウラン233の抽出の困難さがネックになっている。難しいのは中性子の制御である。基本の核分裂反応と同時にトリウム転換にも熱中性子が必要だが、 そうなると基本の核分裂反応の際に放出される中性子は多くないと反応が持続しない。又、転換したU233は核反応速度がU235より早くて制御が難しい。


米国ブッシュ政権の反動政策 米国ブッシュ政権の原発推進政策の背景として「主要電力会社は、昨年の国政選挙に際して、共和、民主両党の候補者に多額の政治献金を行ったとされ、反原発派の人々の警戒心をあおっている。原子力情報サービスのポール・グンター氏は、『電力自由化運営の失敗を逆手に取って、原発を推進しようというのは極めて危険だ』と、現在の状況を懸念する」(石黒穣「原発推進へ大きく転換」読売新聞夕刊2001.5.16)。

米原子力規制委員会NRCは「米国内の原子力発電所は同時多発テロでハイジャックされたボーイング767や同757級の大型飛行機の衝突に耐えられるようには設計されていない」との見解を公式に示した(2001.9.21)。原発テロの潜在的な危険を認めたものだ。ただ、結果については「工学的に詳細な分析はまだしていない」とかわした。原子力発電所は軍事攻撃等を前提に設計されてはいないとしても、放射線遮蔽設計及び耐震設計の観点から、原子炉建屋の壁は厚く、原子炉部分は鋼鉄製の容器で覆われているため、これを貫通して原子炉部分を破壊することは極めて困難とする見解がある。しかし仮にそうだとしても、それにつながってる配管がある。薄くて脆い蒸気配管が一挙に断絶して冷却水が喪失したら、ECCS系統も当然同時に吹き飛ばされるので冷却手段は完全に失われる。そして無事残った原子炉だけが発熱し続ける…。テロ対策として原発にも対空ミサイルを配備するべきとの議論がある。しかしそのコストを考えれば、原子力発電の経済性がさらに悪くなる。


体内被曝 原発では放射性ヨウ素を空気中に出し 人体は体内被曝する。体内被曝の場合は沈着した細胞にゼロ距離射撃を行うので100%被曝する。これが体内被曝と体外被曝の危険度合いの大きな違いである。特定器官に吸収されやすい人口核種は微量でもリスクは高い。食物連鎖で濃縮され人間の口に入るのも怖い。過去の公害病は食物連鎖や生物濃縮を軽視しすぎた為にいたずらに被害を拡大させていた事実を忘れてはならない。

甲状腺ホルモンは 成長する時に必要なホルモンで人になるとその量が少なくなって成長が止まる。一生の間に製造する量は スプーン1杯分くらいだが、その時ヨウ素を使う。自然界ではヨウ素が少なく体内に入ると甲状腺に濃縮し、子供は特に成長時に甲状腺に多く蓄える。状腺に異常があると小人になったりする。人体にはまだ判ってないことがいっぱい残っているので、放射能は体にいれないほうがいい。


チェルノブイリ原発事故 旧ソ連・ウクライナのチェルノブイリ原発事故(1986)で周辺の子供の甲状腺がんが急増したと指摘される問題で、がん患者はほぼ全員が事故前の生まれで、事故の翌年以降に生まれた子に甲状腺がんは出ていないことが分かった。長崎大医学部の柴田義貞教授(放射線疫学)らが現地の子供約2万人を調査し、モスクワでの国際会議で発表した(2001.5.31)。

子供の甲状腺がんの増加をめぐっては「事故後にがんが注目され、従来は見過ごされていたがんが見つかっただけ」との反論があった。ベラルーシ、ウクライナ、ロシアなどが共催した放射線影響の国際会議でも、甲状腺がんなどの増加が、原発事故による放射線の影響だと断定はできないとしていた。調査チームは、今回のデータで、原発事故ががん急増を招いたことが明確になったと指摘している。

柴田教授らは98年2月から昨年12月まで、チェルノブイリから200キロ前後離れたベラルーシ共和国のレチツなどの5地区とゴメリ市で各地の学校を巡回し、8歳から17歳までの子供計2万1601人を検診。超音波検査などで丹念に調べた。その結果、事故翌年の87年から89年までに生まれた9472人では、甲状腺がんの子は一人もいなかった。事故翌日(86.4.27)から同年末までに生まれた子は2409人いたが、甲状腺がんは1人だけ。これに対し、事故前の83年から事故当日までに生まれた9720人では、31人の甲状腺がん患者がいた。

子供の甲状腺がん患者は通常100万人に1人程度とされるが、事故前に生まれた子は、約3000倍も多くがんが起きていることになる。甲状腺がんは、原発から放出された放射性ヨウ素などが、甲状腺に吸収されて起きたと考えられる。放射性ヨウ素は比較的短時間で分解する性質があり、長期的には残らないという。柴田教授は「事故の時に生まれていた子は、チェルノブイリ原発から放出された放射性降下物(死の灰)を浴びており、これが、がん発生に影響したと考えられる」と話している(高木昭午「甲状腺がん患者の大半が事故前生まれ」毎日新聞2001.6.1)。


医療被曝 日本では医療被曝(レントゲンとか胃のCT、放射線ガン治療)は制限がない。医師がその被曝を伴う検査、治療が必要かつ、被曝のデメリットより放射線を利用するメリットの方が上回ると認めればなされる。従って原発作業員のように明確な閾値は設けられていない。健常人も患者も、みだりに被曝しないに越したことはない。尚、医療法施行規則第30条には、エックス線透視装置を使用する時の、透視中の患者への入射線量率制限についても書かれている。

放射性医薬品を投与されると、患者自身が放射線源になり、第三者を被曝させる虞がある。体表面からの放射と、特にヨウ素-131の場合は呼気に含まれてしまうので、ヨウ素-131の投与を受けた患者と同室すると、呼吸器経由で内部被曝する虞がある。従って基本的には、放射線医薬品の投与を受けた患者は、数週間に渡って専門の放射線防護設備を持った特別病棟に隔離せねばならない。介護者や一般の患者のいる病棟では、ICRP Pub.33等を考慮した線量制限がある。一方、医薬安発第70号は一般病棟への入院や通院での放射線医薬品の使用を、投与量に制限を設けることで可能にした。


電力品質Power Quality, PQ 電圧、周波数が一定であること。瞬停や短時間電圧低下がないこと。日本ではまだ電力品質という言葉は学術用語にはなっていないようだが、アメリカでは学術用語IEEEになっている。電力品質については海外より日本の方がはるかに厳しい。周波数や電圧変動に対する許容値も厳しく、計画停電は無縁である。その厳しい基準を満たして居るからこそ、ここ数年の自然エネルギーや自家発電の系統連結が認められてきた。電力会社にとって困るのは原子力発電の故障の方である。原発1基がいきなりスクラム(やそれに近い)で系統から脱落すると需給バランスが一気に崩れる。少し前に東京電力管内で原発故障が続発した際には予備火力を総動員してバックアップした。

むしろ日本の電力品質は必要以上に高い。これは競争のない地域独占状態の電力会社が、必要以上に投資した結果である。電力工学に関して、日本製の優れた技術はほとんどない。解析手法も概念もほとんど輸入である。日本が優れているとしたら、保有している設備の質である。これは長所というよりも地域独占状態の電力会社が費用対効果の計算をうまくできなかった結果である。又はコストを電気料金に反映できる制度が高コストの設備投資の誘因になった。

これからは、電力自由化(2003年3月)、即ち価格競争の時代である。それによって過去に重電各社が潤ったことは確かだが、今では提携の嵐である(東芝+三菱、日立+明電+富士等)。下手な電力自由化が悪い結果しかもたらさないのは、カリフォルニアの事例でも分かると声高に叫ばれているが、加州の失敗は不徹底な自由化が原因であり、今の日本では電力の構造改革を遅らせる錦の御旗に悪用されている。


節電 長距離送電線をなくしてローカル発電。周波数は48Hz〜63Hzに収めていれば大抵の電気機器はOK。電圧もヨーロッパと同じ230VACにすりゃ柱状トランス以降の送電ロスを1/5にできる(柱状トランスの2次側銅損も1/5)。ACアダプタや、機器内臓のAC-DCコンバータを高調波電流抑制(PFHC)回路+待機電流抑制回路付きにすれば発電所の負荷がかなり削減できる。非インバータ制御のモータ、コンプレッサの使用制限及び禁止つーのも節電にかなり有効。究極はDC給電。DC-AC変換ロスが無くなるから、直流で発電される太陽電池、燃料電池に有利。高調波電流とも無縁になるからPFHC回路も必要なくなる。但し給電範囲が激狭になる諸刃の剣。

欺かれた京都議定書会議 二酸化炭素排出量を6%削減するという協定を可決した京都議定書は無残にも消滅した。 これはアメリカの批准拒否が原因だが、アメリカが離脱しても、日本が批准すれば、過半数を超えて可決成立する予定だった。しかしどこまでもアメリカに媚びる情けない腰抜け国家の日本は、アメリカに追従し、世界協定を破壊した。それも日本で結ばれた協定を無効にしたのである。これでますます日本の信用は低下し、アメリカの属領であることを世界に示した。

実は6%の削減ぐらいでは地球温暖化は防止できないし、あまり効果がない。6%削減自体が十分すぎるほどの妥協と譲歩の産物だった。少なくとも24%以上の削減をしなければならない。それでも地球温暖化を阻止することはできず、被害を小さくするということだ。人類が滅亡すればたったの200年で、地球の自然環境はほぼ回復するという。但し放射能汚染の半減期は長く、その他の有害化学物質は消えない。人類が地球に与えた破壊的作用は深刻で、このままだと、地球は生物が住めない死の惑星となるだろう。

京都議定書が無効となったことで、地球人類の運命は決まった。悪い方向に加担したのは日本政府だ。次の議定書を結べばいいという意見もあるが、過去をなかったことにして「明日があるさ」的発想をとるのは日本人の悪弊である。焼け野原から経済大国に馬鹿げたことをするほど、現代人は愚かではない。遅らせれば遅らせるほど被害は大きくなる。既に地球温暖化の悪影響は出ており、これがエスカレートするのだ。後世の人類は、現在のいい加減な対策を強く批難するだろう。


デポジット制度 環境に対する意識は年々高まっている。温暖化現象、オゾン層の破壊、酸性雨などの環境問題は実生活ではわからないが確実に深刻化している。このような地球的規模の危機に対して国際レベルでの対応が必要になっている。97年に日本で開かれた地球温暖化京都会議は記憶に新しい。

このような大きな問題には国家レベルでの対応とともにミクロレベルでの対応も不可欠である。ミクロレベルでの対応の一つに製品リサイクルがある。リサイクルとは使用した製品をもう一度有効活用しようというもので限られた資源の節約に対して非常に有効である。リサイクルに関しては去年に容器包装リサイクル法が実施され、2000年4月には家電リサイクル法の実施が予定されているように法整備が進んでいる。これらが実施されるようになると、リサイクルや省エネルギー化のコストは、商品価格への上乗せ、リサイクル費用の支払いなどの形で消費者が負担することになる。

外部不経済を発生させる廃棄物を出す主体の一つに家計がある。そこでリサイクル機構に何らかの仕組みをを組み込むことでリサイクル率を上昇させ、外部不経済を減らすことことはできないであろうか。そのような仕組みとしてデポジット制度がある。デポジット制度とは一言でいえば"お金を預けてモノを回収する仕組み"である。具体的には消費者が商品を購入の際に一定金額を余計に支払い、商品回収の際にその金額が消費者に返されるというものである。回収の際にお金が入ってくるので返却のインセンティブが高まる。

ヨーロッパではこの制度がすでに導入されている国もあり、大きな成果をあげている。日本においてもデポジット制度導入を望む声が最近高まっている。実際ビール瓶ではこの制度が行われており、回収率90%という高い値を示している。しかしそのような先進的事例を除けばあまり一般化していない。その原因として、効用関数の測定のむずかしさ、企業側からの反発、流通インフラがあげられる。

まず効用関数の測定のむずかしさである。最適なデポジット価格を設定するためには消費者の効用関数を把握しておかなければならない。しかし実際に消費者の効用関数をはかること現実的には非常に難しく、またコストも多くかかる。

次に企業側からの反発がある。デポジット価格を商品価格に上乗せすることは供給曲線を上方へシフトさせる。この結果、企業側の利潤は減少する。デポジット制度を導入することにより金銭面以外のベネフィットが見込まれない限り企業としては反対するであろう。実際、パソコン業界でデポジット制度の導入が検討されたが、低価格が市場競争の中心となっているため業界からの反発をうけて導入が見送られた。

最後に流通インフラの未整備がある。デポジット制度を効率よく働かせるためには回収のルートが整備されてなければならない。デポジットがうまくいっているビール瓶ではこの流通インフラがよく整備されている。これらの要因を改善することでデポジット制度は効率的に活用されると思われる。

冒頭にも述べたように環境問題は深刻な状態にある。われわれ個人レベルでできることは限られているし、その効果は地球環境という大きな観点からだと小さなものに見えるかもしれない。しかし一人一人が意識して行動することでその力は大きなものとなる。デポジット制度は人々の意識を高める上でも有効な手段であり、今後いっそうの充実が期待される。


経済企画庁「物価モニターに対する容器包装などのリサイクルに関するコスト意識調査」(1997.8実施)

■調査時期及び調査対象
(1)平成11年7月郵送調査
(2)物価モニター2800人 うち回答人数2700人(回収率96.4%) 
■調査結果

(1)「家庭電化製品や自動車などを購入する場合に、何を重視するか?」という問いに対して、「同じ価格」または「価格が許容範囲であれば」省エネ性を重視すると回答したのは、

家電製品 88.3%
自動車 96.3%
住宅 96.8%

(2)「省エネなどの環境に配慮した製品を購入するために許容できる価格差(上昇率)は?」

家電製品(10万円前後のエアコン)→ 10%(1万円)なら80.4%
20%(2万円)なら38.3%
30%(3万円)なら12.3%
自動車(200万円前後の自動車)→ 価格が同等ならば購入するとしたのは67.2% 50%(100万円)なら27.9%5%(10万円)なら24% 10%(20万円)なら6.9%
住宅(2000万円前後の住宅)→ 価格が同等ならば購入するとしたのは63.6% 10%(200万円)の価格差を許容できるのは8.2%


家電製品に比べ価格が高額になる自動車や住宅では、許容できる価格差が小さくなっている。

(3)「7万円で購入した洗濯機のリサイクルのために、消費者が負担してもよいと考える料金は?」

3000円なら36.8%
5000円なら10.5%
7000円なら3.8%が負担してもよいと考えている一方、料金を負担したくないとした者が7.1%いた。

(4)リサイクルの料金を負担してもよいと回答した者に対して、各メーカーのリサイクルコスト(リサイクル料金の算出根拠を示すデータ)の公表の必要性については?

「金額に関わらず必要」 66.7%
「一定額以上の場合は必要」 30.8%と、
9割以上の者が何らかの形で情報の公開は必要と考えている。また、再商品化の料金を負担したくないとした者でも、各メーカーの再商品化のコストが公表されれば50.8%の者が負担を考えるとしている。

環境を切り口にした商品はあらゆる消費財で広がってきた。特に99年4月に施行された改正省エネ法が企業の環境対応型商品開発を後押ししている。この中2001年4月に施行見通しの特定家庭用機器再商品化法(家電リサイクル法)はテレビ,冷蔵庫,洗濯機,エアコンの家電4品に再資源化率を義務付ける。この家電リサイクル法とはどういった法なのか調べてみた。

98年5月メーカーなどに使用済みとなった家電製品の回収・再商品化を義務付ける「家電リサイクル法」が成立。リサイクル率が30%の日本において,資源の有効利用と廃棄物の排出抑制を図ることが緊急の課題となっている。そのためにメーカーと小売業者に廃家電製品の回収と再商品化を義務付けることとなった。

ではその概要だがまず排出に関しては、消費者は不要となった家電製品を購入した小売業者、あるいは,同種の新品を購入した小売業者に引き取ってもらう。その際消費者は廃家電製品を引き取ってもらう再に、収集・運搬・リサイクルに掛かる費用を支払わなくてはならない。次に収集・運搬についてだが,小売業者は廃家電製品をメーカーなどにより全国に設置される「指定引き取り場所」まで運搬する。このさい,消費者から徴収したリサイクル費用はリサイクルを行うメーカー、輸入業者、指定法人に支払う。

再商品化に関しては,メーカー、輸入業者は自社のリサイクル施設に廃家電製品を運搬し,その商品化などを実施する。メーカー、輸入業者が明らかでない場合、あるいは中小企業からの委託を受けた場合には指定法人が再商品化を行う。なお不法投棄防止のためマニフェスト(管理票)制度が導入されている。これは、廃家電製品が消費者から回収されメーカーなどの施設へと運搬される過程に、マニフェストが一緒に回付されに動きが管理されるという物で、当該廃家電製品が最終処分の義務を負うメーカーなどの所に確実に運搬されることを目的とするものである。

この家電リサイクル法施行によりメーカーに課せられる課題は、@廃家電製品の回収・リサイクルのためのシステムの構築。A消費者から回収するリサイクル費用の設定。Bリサイクル・マーケットの開拓、である。特に集積所や,リサイクル工場など需要の多い大都市圏はまだしも、地方都市などでは各社共同の設備構築のための努力が必要であろう。そのためには、再商品化の手間の掛からぬ様部品の統一化や、解体の安易さなども求められる様になるだろう。

2001.4.1より家電リサイクル法が施行され、エアコンや冷蔵庫などが粗大ゴミとして出せなくなった。家電製品を捨てたいときは、まず購入した店、または買い替えする店に連絡し、店が収集する。購入店舗がわからない場合は家電リサイクルセンターに連絡。地域によっては、集積所に自分で持っていく方法等がある。今までは自治体が少額で処分していたが、施行後はリサイクル料金と、収集運搬料金がかかる。リサイクル料金は業者によって異なる場合があるが、大体エアコン3500円、冷蔵庫4600円、テレビ2700円、洗濯機2400円である。消費者にとって一番得なのは新しいものを買わずに使いつづけることである。

施行前日の3月31日は、駆け込み処分や家電を買おうと人があふれた店もあったという。施行により不法投棄の増加が懸念される。「捨てるものに何千円もかけるなんて…」という意識は、残念ながらそう簡単にはなくならないかもしれない。しかし少しでも多くの人が環境・リサイクルに関心を持つための第一歩となればと思う。


リコーは日本経済新聞社が99年度の環境対策を総合的に評価した「第三回環境経営度調査」で、2年連続1位を獲得した。リコーは1976年度から環境対策の組織(公害防止中心)を作り環境問題に対応してきた。1992年には正式に環境対策室を設置し、「リコー環境綱領」を策定。1994年循環経済型社会の中でいかに資源をリサイクルしていくか、というか循環理論,「コメットサークル」を確立した。このコンセプトのもと,@省エネ,A省資源,Bリサイクル、C汚染防止の4つの運動を進め,通産大臣賞を始め多くの賞を獲得。
省エネルギー型製品の開発の一例として,1996年発売のファクシミリ「リファックスBL110」が上げられる。このファックスで待機電力消費量を95%以上削減した。この機械はパテントを取得しており,その内8件が平成8年に公開されている。環境関係の特許は普通の特許のようなライセンスで高額のロイヤリティーを徴収しないことが企業間の暗黙の了解事項にまでなっている。
取り組みの特徴としては,まず経営トップが関与しての環境綱領・環境行動計画の制改定。そして、行動計画進抄を定例会議において常に管理している。環境保全の三本柱(@省エネルギー、A省資源リサイクル、B汚染防止)を支えるものとしては環境経営情報システム,環境マネジメントシステム,グリーンパートナーシップ,環境技術開発,環境教育・啓発などがある。他に省エネルギー型製品,ゴミゼロ化、包装廃棄物の削減などもあげられる。
最後に,リコーの環境経営への取り組みのまとめとして、国,企業,団体,個人などの全ての地球市民が,自分が位置するコメットサークルの複数のステージにおいて,環境負荷の削減に努める必要がある。企業は自ら発生する環境負荷を削減すると共に,全てのステージとのパートナーシップを構築することにより,効果的に環境負荷を削減することが出来る。経済的合理性の確保が,継続的で実行のある循環社会を実現するためのキーファクターとなる。企業が環境保全活動を推進するには,トップの強いリーダーシップと哲学が必要である。環境に優しい企業活動を行い,情報公開によってから信頼を得ることが,21世紀をリードする企業となるための必要条件である。
政府が「循環型社会元年」と位置づけた2000年、企業の製品再生への努力が始まっている。たとえば、コカ・コーラ社はイメージ・カラーの赤を再資源化の際のコストの問題から変更することとした。また、日本IBMとNTTコミュニケーションズによるパソコンの個人向けリースも始まった。これの隠れた狙いは、リース形式の方が拡販と回収の一体化が可能と言う事だ。また、NECは産業技術総合開発機構の委託により「循環型ファックス」の試作品を開発した(「ゴミは宝の山 循環型社会の条件」日経新聞2000.5.21)。又、袋ごと堆肥化できる生ゴミ袋や農業用シート、食品トレー、ボールペン、ひげそり、MDの包装材…など、生分解性プラスチックの話題が毎週のように新聞のニュース欄をにぎわしている。

最近以前よりゴミに対する関心が高まった気がする。というのも、家庭ゴミの分別が細かくなったり、アルバイト先で事業ゴミを出すのに色々注意を払ったりしていることによる。勿論、個人レベルだけでなく企業の努力も今後益々必要とされる。イメージカラーの変換などは今まででは到底考えられなかったことで、そういうところまで配慮が行き届くようになったことは素晴らしいことだと思う。だが、それと同時に消費者側もそういった配慮のされた商品を、他のものよりも優先して購入するなど、企業努力に対応した消費活動が必要だろう。


12月は地球温暖化防止月間である。小さな頃は、雪がたくさん降って、雪だるまなどを作って遊んでいたのに、最近は本当に少なくなったと感じています。朝に雪が降って「積もったなー」なんて思っていると、お昼にはすでに溶けていて「あれれっ?」と思うことも多い。昔、遊んだ景色がなくなっていくのは寂しいと思う。

地球の環境から多くの資源を取り、自然環境を人間の活動に都合の良いように変えるため機械や技術が発達し、その過程などで発生した不要となった危険物質が大量に捨てられることとなった。人間と地球の環境との関係の一つは、私たちが生活し活動していく上で必要な資源、原材料は全て地球から得ている。エネルギーを得るための燃料も空気も地球環境の賜物である。

私たちは、森林などの美しい自然環境において、精神的な充足感や平安な感情を得るが、これは人間には欠かせない、地球の持つ環境そのものからの恩恵であることを忘れてはならない。21世紀にこの自然に満たされた地球を残すことは将来への世代への義務である。ごみの分別、石油製品の使用削減、電気・水道の節減など身近なことから気を使っていこう。温暖化の原因CO2は30分のアイドリングで約270gも排出される。環境防衛には空ぶかしストップが大切。現在大気汚染の元凶になっている粒子状浮遊物質やNOxの大半はトラックによる。そのトラックを減らすことが大気汚染対策の一番の問題である。


損保業界 近年、地球環境問題、特に地球温暖化による自然災害の増加が心配されている。特に自然災害の増加による保険金の支払いの増加が予想される保険業界、特に損保業界にとって地球環境問題は人事ではない。また、温暖化のような地球規模の問題以外にも土壌汚染にたいし企業が復元義務を負うような法律、条例がアメリカやその他の国で成立するようになってからは土壌汚染やその他の汚染要因に対する企業の保険という形で損害保険会社は環境問題と向き合わざるを得なかった。

安田生命は環境問題に対し財団を設立するほど熱心に取り組んだ。特に金融機関として何か環境問題に対して何かできないかという考えからエコファンドを設立した。エコファンドとは環境に優しい企業のみに投資、すなわち環境問題に熱心な企業の株式のみを購入する投資信託のことである。エコファンドにより環境に興味を持つ投資家と環境問題に熱心な企業を結びつけることで環境問題に熱心な企業な企業を助ける役割をもつ。さらに今まで環境問題に熱心でない企業にグリーン購入とは別のグリーン投資という形で圧力をかけることになった。

安田生命はエコファンド以外に自動車部品などリサイクルにも取り組んでいる。金融以外の面でも環境問題を実践している。特に従業員に対する環境教育は従業員ひとりひとりに環境に対する関心を持たせるという点で非常に役立っている。従業員教育に限らず社会にも環境に対する講座を開き社会全体の環境に対する関心を高めた。しかし、それを行うにはNPOとの連携が欠かせなかった。当初は環境に対する知識はまるでなかったがNPOとの協力により環境問題に対するノウハウを手に入れることになった。反対にNPOには資金面、人材面で支援し、NPOと安田生命はよき関係を築いている。さらに政府との環境問題の取り組みで協力しここに政府と企業、NPOの補完関係が成立している。


リサイクル リサイクル品を忌避する消費者には「ヴァージンなら安全」という根拠の無い神話があるのかもしれない。溶剤や異物、環境ホルモンは新品・再生品は無関係であり、再生品でなくても怖いものは怖い。天然パルプ100%でも、別に異物や雑菌のことを考えて作られた証拠もデータもない。そもそも石油だって太古の生物の死骸である。

ペットボトル ペットボトルのリサイクルというが、ビンを使って再洗浄する方がよほど環境には好ましい。更に各自がボトルを持って行って直接入れる方法を採用した方がずっと環境には好ましい。わざわざ手間とエネルギーを使ってリサイクルして、誰もほしがらない再生繊維を作るのか。石油製品を物質としてリサイクルするために、石油を大量に投入するこの滑稽さ。ペットボトルを再生するのに、石油をがんがん燃やしてエネルギーにして使っているのは無駄。エネルギーとして消えてしまう石油を最初っから素材にしてペットを棄てたほうがトータルでの消費量が低いということがある。


屋上緑化 東京都がヒートアイランド現象緩和の一環で、ある一定の大きさ以上のビル建設に対し、屋上緑化を義務付けたが、それ以降屋上緑化のための商品が数多く出てきている。従来も屋上緑化がヒートアイランド緩和に効果があることは明らかであったが、コストがかかるから業者が真剣に取り組むことはなかった。結局何らかの強制力が働かないと、企業は環境への負荷を減少させるために努力しない。

スーツ不要 夏季のピーク需要のために発電設備を維持するのは非効率である。むしろ夏場はサラリーマン(社蓄)がスーツ着るのを法規制すれはいい。ネクタイは奴隷の勲章である。あんなのをぶらさげて喜ぶのは奴隷でいることを喜んでいることである。

産廃業界 一方で政治家と、もう一方ではやくざと手を組むのが常識らしい。大手ゼネコン等から産廃処理を直接請け負う元請けは堅気だけど、下請けには堅気と暴力団が混在していて、孫受けになると暴力団のフロントが多くなるという。豊島の件は産廃業者社長が懲役10ヶ月、執行猶予5年の有罪だった。島民の蒙った被害に比べてあまりに罪が軽過ぎる。島民はこれから焼け野原から経済大国にするような前に進むことしかできない馬鹿な世代の真似でもしなければならないのだろうか。

三千平方メートル未満の安定処分場は、都道府県の許可なしに設置できる。単に素掘りした穴にゴミを流し込み土をかぶせるだけ。安定5品目以外は捨ててはいけないとされるが、実際には有害物質のごみも捨てられているのが実情。灰固化プラント建設で土砂捨場の開発許可を得て、焼却灰をコンクリート化し「盛土材」とすることで有価物とみなし、下請けに売り、下請けは無造作に埋め立てる処理の実態がある。

処分場には住民がおとなしい、土地が安い、行政の規則が甘い、交通の便がよいという業者側の事情が優先すると行き着くのは過疎地の山間部。生活に不便な面が多々あるので他より地元の同意も得やすく、狙われやすい。賠償資力もないのに危険な汚染物質を扱う企業はどんどん淘汰されるべきである。


ダイオキシン ダイオキシンは蓄積される。東京湾の魚は20グラムで国の環境基準値すら超えてしまう。0.8ピコグラム程が人体許容範囲とされるが、東京湾の魚で例えるなら20グラム程しか食べれない。汚染されていない土と1ピコ以下の値で汚染された土で同じ木を育てると、3年で3倍程差がつく。家畜がダイオキシンで汚染された餌を食べ、その肉を人間が食べると人間に蓄積される。ダイオキシンについてテレビも騒がなくなったが、テレビが騒がないことは解決を意味しない。

環境ホルモン 環境ホルモンの恐ろしさについて認識が甘すぎる。ガンになるとか死ぬとかのレベルではない。それは当然であって、人間の種の存続が危うい。生殖機能は50年前に比べたら半分から三分の一まで落ち込んでいてなお進行中である。人間の体はホルモンの働きによってケミカルな働きをするが、神経系、免疫系もまたケミカルな働きで成り立っている。ここに環境ホルモンが働くとどうなるか。脳神経、免疫系が混乱破壊されるとどうなるか。多動症、アトピーの増加、神経系免疫系が混乱をきたし始めているのである。人間の人間たる所以は脳神経の発達にあるのは周知のことであるが、その人間の本質的部分が破壊されている。

地下水汚染 現在地下水のトリクロロエチレンによる汚染が問題になっている。生物難分解性だからである。一般ナントカ基が塩素に置換されると難分解性になりやすく環境中に残存するようになる。これは海洋汚染でも同様。地下水の有機塩素化合物汚染は、分解しにくいものを、分解しにくい環境で、ほとんどいない微生物によって処理するため、きわめて低速。

お米の研ぎ汁が環境破壊という主張がある。日本では何千年も昔からお米の研ぎ汁を流していただから、「何で今になって…」と思う。現代社会ではよくあるように、メーカーの言い分が先行している気もする。農地に下水をばらまくのは、昔からやられてきたし、今でも海外では珍しくない。そういう農法を採っているところでは、作物生産の最適化だけではなくて、地下水や土壌汚染への関心も高い。井戸水が飲めなくなったり、表土を全部入れ替えないといけなくなったりしたら、ものすごい損害である。


容器包装を洗わない場合は埋め立て地で食べカスが腐敗してガスが発生。ハエやカラスなども群がって繁殖。容器包装を洗う場合は水の使用量、浄化コストの増加。下水汚泥の排出量増加。

電線 街の電線、電話線が街の景観を損なっている。一部の街路では地中化がなされてるが、まだまだ少ない。 電線のために街路樹の枝が切られるのも淋しい。ヨーロッパではかなり小さな街でも地中化している。電柱が車道でなく歩道にあるのも邪魔である。特に雨の日は歩きにくくて困る。

ISO 14000 目標を達成しなければ不適合、とすると目標数値がコンサバになる。かといって達成しなくても良い、となると何のための目標か、となる。その企業の実力から見て、どこが適切かを監査員が見抜くか、が鍵になる。ただ、このまま行けば、早晩地球がぶっ壊れるのは確実なようだから、何かしないといけない、という流れで14001ができたのだろう。達成しなきゃいけない下限は法令が決めるわけで、企業は自治体が出す目標値のたぐいを参考にして実力相応の努力をすべきである。現状は企業の持っている実力からして、もうちょっとできると思うのになあ、と歯がゆく思うことが多い。規格の中のcommitment という言葉は「最善を尽くすdo the best」という意味で、日本語の関与、約束という言葉のニュアンスを超えた言葉である。誓約なんて訳語も使われるがまだ弱い。認証を取り消されたところを聞かない。更新お断りはあるらしいが、まるでないのも怪しいものである。

ISO14001規格 4.1 一般「組織は,環境マネジメントシステムを確立して維持しなければならない。その要求事項は,この4.全体で述べられる」。ここで規定されていることは1、環境マネジメントシステムを構築して実行し維持すること。2、構築する要求事項は4項で規定されている。

4.2 環境方針「最高経営層は、組織の環境方針を定め、その方針について次の事項を確実にしなければならない。
a) 組織の活動、製品又はサービスの、性質、規模及び環境影響に対して適切で ある
b) 継続的改善及び汚染の予防に関する約束を含む
c) 関連する環境の法規制,及び組織が同意するその他の要求事項を遵守する約束を含む
d) 環境目的及び目標を設定し,見直す枠組みを与える
e) 文書化され,実行され,維持され,かつ全従業員に周知される
f) 一般の人が入手可能である」

ここで規定していることは1、環境方針はトップマネジメント(社長等)が決定することが必要でありその方針は組織体の活動、製品、またはサービスの性質、規模、環境影響に妥当な方針であること。2、継続的改善と汚染の予防を誓約すること。3、組織体の関連法規やその他の約束事を誓約、遵守する。4、環境方針から策定される環境目標が設定され、見直しがなされること。5、要求に従って文書化され、実行され、維持され、全従業員が知っている。6、外部への公開が義務付けられている。

環境方針の内容についてはトップマネジメントが決定することである。どこかで見たような「環境方針」では、何の役にも立たないばかりか組織体にそぐわないケースすらある。自社の置かれている状況や今後のあるべき姿を想定して、方針を策定することが重要である。その他の文書化要求項目についても同様で、他社の模倣規定が存在することの無いようにする(組織が異なればルールは異なる)。ISO9000シリーズの「品質方針」と意味合いとしては同じレベルにある。

4.3 計画 4.3.1 環境側面「組織は、著しい環境影響をもつか又はもちうる環境側面を決定するために、組織が管理でき、かつ、影響が生じると思われる活動、製品又はサービスの環境側面を特定する手順を確立し、維持しなければならない。組織は、環境目的を設定する際に、これらの著しい影響に関連する側面を確実に配慮しなければならない。組織は、この情報を常に最新のものとしなければならない」。

ISO14001の要求項目では一番大切な部分でもあるので、じっくり検討する必要がある。環境側面を決定するプロセスとして1、組織体の活動、製品、サービスに関連する環境側面をピックアップする。2、組織体が直接管理可能な事項、間接的に管理は出来る事項、手出しが出来ない事項といったように、組織体が環境側面に対して影響力を持つと思われるものや、期待されるものを選択・選定する。3、さらに選定・選択された環境側面のなかでも、環境に対して著しい影響を及ぼす、あるいは可能性がある事項に絞る。ここでは、著しい環境側面を特定する手順を明確化しておくことが重要であり特定された記録は必ず残しておく。また、環境目標に反映されることが不可欠である。

4.3.2 法的およびその他の要求事項「組織は、その活動、製品又はサービスの環境側面に適用可能な、法的要求事項及び組織が同意するその他の要求事項を特定し、参照できるような手順を確立し 維持しなければならない」。

適用される環境に関連する法律、法規および組織体が約束したその他の要求事項を確認する手順を確立する。ある面では文書管理的な要素もある。各部署にて関連する法規制などの一覧を作成し、最新版管理を実施するとよい。その他の要求事項とは、業界における規制、規範や役所との取り決め、強制はされてはいないが遵守すべきガイドラインなどがある。また、地域的な住民との協定や関連企業との約束も含まれる。


中国 中国やアジア諸国の環境保護を支援しようという試みは様々な分野の専門家の共同作業により進められている。中国の脱硫事業を支援するときも脱硫技術の専門家はもちろんのこと、工場の排煙の影響を受ける住民の病理的分析を行う専門家、中国の政治状況に詳しい専門家、そして環境問題を経済学的な視点から分析し様々な提言を行うエコノミストなど多種多様な専門家の協力の下に行われている。

中国の脱硫事業の支援は単に日本の技術を中国に持ち込むだけでは解決しなかった。例えば日本の脱硫技術が非常に高価で中国の発電所や工場では設置できないことや日本の脱硫技術が水多く使用し乾燥地帯では使用できないことなど単純な技術の移転には限界があった。そこで石炭の粉を植物と混ぜ合わせ球状にして固めた燃料を用いることで大気汚染の問題を改善しようとした。この技術は植物を用いるバイオマス技術であるから脱硫以外にCO2を削減する効果もある。現在は実用へ向けてこの新しい燃料を使用する実験を中国各地で行われている。

さらに従来の脱硫技術や上記の新しい技術で生じた酸性の灰を用いて中国に広大に広がるアルカリ土壌の中和を行っている。これにより中和された土壌での植林事業により中国の砂漠化や耕地の劣化を食い止める試みも行っている。

日本をはじめとする先進国は今まで公害問題や環境問題で積み重ねてきた経験を生かし発展途上国の公害、環境問題の解決に対して支援を行う必要がある。それは国境を越える酸性雨の問題に見られるように環境問題は一国の問題ではなく複数の国にまたがる国際的、地球規模で取り組まなくては意味をなさないからである。たとえ自国で環境問題に対する解決する手法の開発、普及を行っても地球温暖化や酸性雨の問題は解決しない。日本や他の先進国は積極的に環境問題で途上国を支援することは相手の国民のためになるし、もちろん自国の国民の利益にかなう。日本は官民共同して今後も途上国に対する環境保護の取り組みを支援し、より良い世界を構築していく努力を怠ってはならない。


オーストラリアで環境意識の高い人や先住民問題に関心のある人達にとって、「ジャビルカ」という名には特別な意味がある。このジャビルカ・ウラニウム鉱山は、開発はされたものの、まだ採掘が始まっていない、いわば休火山のような鉱山。その背景には、環境保護活動家や先住民アボリジニ達の根強い抵抗運動がある。
環境思想 西洋の自然を征服する思想が環境破壊を引き起こしたから、これからは東洋的な自然を受け入れる思想を見直さなければならない、というようなことがもっともらしく言われる。しかし自然を征服する西洋思想の下でも自然がなければ人間は生きていけないから、自然が人間の生存を脅かすほど破壊されれば自然を保護する方向へ作用する。このような人間本位の自然観でいいのかについては疑問もあるが、現在のヨーロッパが自然保護先進国であるのも事実である。

一方、自然を受け入れるとの東洋思想は自然が人間によって破壊されても、破壊された自然をそのまま受け入れることにもつながっている。経済発展著しいアジア各国で環境破壊が進んでいるのもそれを示していると思う。例えばバンコクや台北で交通整理の警官が防毒マスクをかぶっている写真を見たことがあるが、この背景には汚染された自然をそのまま受け入れている東洋思想があるのではないだろうか。


子ども 環境とは何かを子ども中心に考えると子どもをとりまく全てのものといえる。環境には自然環境、地域環境、社会環境などがあるが、豊かで便利な日常生活を実現した結果、環境問題を引き起こしたと共に子ども達(人間全て)が、自然を失ったと言われている。実際、田舎を離れてみると確かに木々の緑や鳥の声が私生活から薄れ、遠のきつつあるのが感じられる。また、自然の光や雨風に、直に触れることを避けているようにさえ見えるのである。

グリーンコンシューマ 多くの人が「お金」「経済」「目先」「ビジネス」に重きを置いて暮らしているが、これをそれぞれ「いのち」「環境」「未来」「子どもたち」に変えると、グリーンコンシューマになる。グリーンコンシューマは日本では全人口の1%、ヨーロッパでは50%を超えている。30秒で6リットル。流しっぱなしの蛇口やシャワーからはこんなにたくさん水が無駄になっている。歯磨きや洗車のときは特に気をつけなければならない。


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