
↑楽しい情報がいっぱい♪コンフェデ杯 平均視聴率は37.9%、瞬間最高で49.4%もあった。決勝でフランスに敗れ、日本代表は準優勝に終わった(2001.6.10)。やはりフランスは強かった。あるフランス人サポーターは「フランスにはジダンがいないけど、日本にも中田がいないでしょ」と言っていた。中田がいたらどうだったかと想像したくなるが、ジダンがいたらどうなったのかを想像すると、やはりフランスは強いと言わざるを得ない。
アレックス 清水のアレックスが東京V・三浦との直接対決に意欲を見せた。「三浦はゲームをつくることができるし、FKの精度も高い。でもFKは自分も自信がある」帰化申請後、初めて代表の左サイドの選手を擁するチームと対戦。日本国籍取得後の代表入りへ、絶好のアピールの場となる。今節は長身FW・バロンが出場停止だが、サイドからのセンタリングは「グラウンダーのボールを多く入れる」ことで対応し、勝利に貢献するつもりだ。
稲本 風邪で休養していたG大阪MF稲本が神戸戦を欠場する可能性が強まった(2001.3.29)。クラブハウスには姿を見せたが、点滴治療を受けたのみで帰宅した。池田ドクターは「熱はまだ37度台で鼻水、頭痛の症状がある。体力も落ちているでしょうから、あすも難しいかもしれない」と30日の練習も難しいとの見解。欠場ならば宮本、稲本とセンターラインの柱2本を欠くことになるが、早野監督は「あしたの様子をみて考える」とぎりぎりまで回復を待つ構えだ。
田原豊 連敗脱出を狙う横浜が、名古屋戦(2001.3.31)に新人FW田原豊を先発起用する可能性が出てきた。28日の練習中に痛みを訴えたMF遠藤が、右脇腹肉離れと診断されたためでアルディレス監督は「遠藤はあすもう1度チェックする。大丈夫なら使うが、駄目ならあたまから田原を使う」と城、田原の鹿児島実コンビの2トップで名古屋戦に挑むことを検討。Jユース杯チリ戦でハットトリックを決めた“猛牛”が迷走横浜の救世主になる。
中田英寿 中田語録(文藝春秋)。中田初の“公認”発言集文庫化! 大好評だった『中田語録』に、いまだ記憶に新しい昨年のワールドカップ本選やペルージャ移籍後のエピソードと写真を加え、永久保存版として文庫化。
ローマMF中田英寿がローマ近郊トリゴリアで行われた練習で合流した(2001.3.27)。ボール回しやランニングなどフィジカル中心のメニューだったが、中田は精力的に動いた。W杯予選でイタリア代表に招集されたMFトッティ、カンデラら主力が不在の中、4月1日のベローナ戦(ホーム)に向けてアピールした。また右ひざ外副じん帯不安で戦列を離れていたFWバティストゥータも合流、中田が再びEU外国籍選手枠問題に直面することになった。
2001年4月7日に首位ローマを迎え撃つフィオレンティーナが観客を一切入れない“閉鎖試合”を企画していることが明らかになった。フィオレンティーナは昨年までFWバティストゥータが所属していたチーム。サポーターの中には引き抜いたローマに対して悪い感情を持っている者も多い。セリエAでは最近サポーターのトラブルが相次いでおり、先手を打つ形でサポーターを締め出そうというのだ。30日に最終決定するが、MF中田英寿にとっては初体験になる。
中村俊輔 フランス代表に大敗を喫した“サンドニの屈辱”を教訓に横浜の指令塔・中村が海外クラブでの武者修行の必要性を訴えた問題で横浜の中村勝則チーム統括本部長は、02年W杯以前でも中村の海外移籍を容認する可能性があることを示唆した(2001.3.27)。ただ、その一方で「現時点ではどこからもオファーは来てない。俊輔はJリーグでずば抜けた活躍をしてアピールするしかないでしょう。オファーがあればすべて本人に伝えます」と、フランス戦で暴落した評価を取り戻すことが先決であることを強調した。
エスパニョールはバルセロナ市内で練習を行い、11対11のミニゲームなどで約2時間体を動かした(2001.3.27)。FW西沢明訓は練習後に中村俊輔らが海外移籍希望を持っていることに関して「“スペインはどう?”と聞かれたので“いいよ”と答えた。若い人はみんなそう(移籍したいと)思っている。稲本とは昔からそういう話をしているし。そういう人には今すぐ海外に出ていけって言った」と若手に移籍の勧めを説いたことを明かした。
中村俊輔の海外移籍を求め、横浜にファンからの抗議メールが殺到していることが明らかになった(2001.3.28)。野上修三社長が「俊輔を出してやれ!というメールがたくさん届いてるようです」と話したもので「これで分かっただろう。俊輔をクラブは抱え込むな」などの辛らつな内容が多いという。ただ野上社長は話し合いに応じる姿勢こそ示したが、早期海外挑戦の可能性は低そうだ。
JAWOC幹部会に出席した川淵三郎チェアマンは「日本代表が鼻をへし折られて良かった。今は逆にトルシエをバックアップしようと思う」と明言(2001.3.27)。フランス戦ではフィジカル面や前線での守備の甘さなどの弱点が明らかになった。そのため「俊輔に今すぐ中田のようなフィジカルの強さを求めてもできない。トルシエがもっとJリーグの監督に言わなきゃ。チャンスがないなら全部の監督を集めてミーティングをやってもいい」と協力を約束した。
鼻炎を訴えていた中山は練習場には姿を見せず、室内トレーニングだけで切り上げ、病院で治療を受けた。「鼻がつまったような状態でせきも出るようなので大事を取っただけ」と鈴木監督。今季Jリーグ初得点が期待されるFC東京戦に向けて万全を期したことを強調した。ただ中山の回復次第では途中交代の可能性もあり、紅白戦では高原と西の2トップをテスト。「場合によっては高原の1トップも…」と指揮官はエース抜きの戦いも想定していた(2001.3.29)。
鼻炎と風邪のため29日は別メニュー調整だった磐田の中山が再合流し、居残りのシュート練習などに取り組んだ。「明日(31日)の朝の状態を見て決断する」とFC東京戦の出場に向けてトーンが下がった鈴木監督だが、中山は「出るつもりでやっている。(得点の)期待に応えられるよう頑張りたい」と強行出場の決意を固めている。
柏戦でJデビューするFW崔龍洙が、韓国代表の先輩でもある柏のDF洪明甫に挑戦状を叩きつけた。「僕の欠点を知り尽くしている。やりにくいが、作戦もある」。右ひざじん帯の損傷で戦列を離れていたため、まだシュートもイメージ通りには打てない。しかし、全体練習後に居残りシュート練習を行 い、約50本蹴り込んだ(3.29)。「韓国代表ではいい先輩だが、今度の柏戦は市原にとって大事な試合。勝ってみせる」と韓国のワシが“ツメ”をといだ。
城彰二 横浜のオズワルド・アルディレス監督がFW城に対し、シュート量産指令を下した。開幕2試合で精彩を欠いたままのエースをしった激励したものだが、裏返せば“最後通告”の意味合いが強い。「監督からはとにかくシュートを打てと言われた。あす(2001.3.31)は決めるよ。決めないとヤバイし、勝たなくちゃいけないんだから」と城。リパティン、レアンドロの両助っ人FWが来週から戦列復帰するだけに、31日の名古屋戦で城の真価が問われることになる。
前園 FW前園をレギュラー組で徹底チェックした(2001.3.29)。東京Vの紅白戦で石塚と2トップを組んでいた小倉に代わってレギュラー組。第1戦では途中出場で17分間プレー、第2戦ではベンチからも外れていたが、前園は「コンディションはいい。先発かどうかは分からないけど、前よりは出る時間が長いでしょう」と31日の清水戦に自信を見せる。「だいぶよくなってきている。チャンスがあればいきたい」と松木監督。3年ぶり先発の可能性も十分にある。
明神 日本代表ボランチの柏・明神が市原戦に強行出場する。2001.3.30はミニゲームなど練習メニューをすべてこなしたが、28日にひいた風邪は治らずじまい。点滴を打ってのプレーとなりそうだ。「今朝も37度以上あったし、のども痛い。きついですね」大敗したフランス戦後には「すべての面でレベルアップをしなくちゃいけない。まずはしっかりコンディションを整えて次(スペイン戦)に臨みたい」と語っていたが、皮肉にも帰国直後に体調を崩してしまった。
柳沢敦 鹿島のトニーニョ・セレーゾ監督が眠れるエースのFW柳沢に猛ゲキを飛ばした(2001.3.30)。今季ノーゴールと不振が続いているとあって「彼の実力からすれば、決定的なチャンスを外している状態。あそこまでチャンスをつくり出しているのだからどんどんシュートするべきだ」と奮起をうながした。柳沢も「連敗だけは避けたい。久々のゴール?頑張ります」とシュートを打ちまくる決意だ。
スペインVSフランス スペインVSフランスの親善試合はスペインのメスタージャ・スタジアムで行われ、スペインが2―1で勝った(2001.3.29)。フランスの昨年6月の欧州選手権からの連続無敗記録は10試合でストップ。スペインは前半41分にエルゲラ、後半4分にはモリエンテスがゴールを決め、81年以来20年ぶりにフランスから勝利を挙げた。観戦した日本代表のフィリップ・トルシエ監督は「スペインは危険ではない。5―0で勝つ」と豪語、惨敗したフランス戦の雪辱に自信を見せた。
ブラジル エクアドルに屈辱 2002年W杯南米予選は、ブラジルがエクアドルと敵地のキトで対戦し、0―1で苦杯を喫した(2001.3.29)。エクアドルがブラジルに勝ったのは史上初めて。エクアドルはこの金星で、勝ち点を19に伸ばし、史上初のW杯出場へ一歩前進した。首位のアルゼンチンはベネズエラに5―0で圧勝して勝ち点を28に伸ばした。パラグアイはウルグアイに1―0と競り勝ち、勝ち点23でブラジルと入れ替わって2位に浮上した。
フーリガン制圧訓練 日韓共催で行われる2002年のサッカーW杯で予想されるフーリガン問題で、警視庁は、東京都江東区の豊洲警備訓練場で機動隊の合同訓練を実施した。観客席からフーリガンがグラウンドに乱入するなど本番さながらの訓練。開催地への応援部隊派遣を想定し訓練科目に追加した。また韓国警察トップの李茂永警察庁長が来日し、警察庁の田中節夫長官は会談後「W杯対策に関し韓国警察庁との協力を密にしていきたい」とのコメントを出した。
巨人17―3阪神(2001.3.30)。 阿部が阪神との開幕戦でいきなり初打席で右中間適時二塁打の鮮烈デビュー。中前タイムリーも放ち、2安打4打点の活躍でプロ野球タイ記録となる開幕戦最多得点17の導火線になった。「最高の気分。無我夢中でやった中で結果が出てよかった」と黄金ルーキー。巨人では23年ぶりの新人開幕マスクをかぶった捕手としても上原、條辺を3失点リード。それでも「反省材料もたくさんあったし、今日はもう忘れます」(鈴村雄一郎「阿部4打点」報知新聞2001.3.31)。
一方、阪神はこれで開幕戦はプロ野球ワースト記録を更新する11連敗。阪神・野村監督の不満は「コントロールの投手がコントロールが悪いんだから」と、奇襲先発の星野伸にぶつけられた。巨人・江藤の先制打も阿部の2点二塁打もカウントを追い込んでから。指揮官は「ちょっとした注意力なんです」と残念そうにぼやいた。伝統の縦じまを20年ぶりになくしたビジター用の新ユニホームで臨んだ 一戦だったが、連敗脱出のカンフル剤にはならなかった。
阪神は開幕戦から巨人戦ということで、歯がたたないのではないかとの予想も有力だったが健闘した。貧打と言われながらも打って走ってと、2戦目3戦目は貧打と言わせないとばかりに点を取った。久しぶりに熱い試合を見ることができた。結局負け越したものの、改めて何事もそうだけどやってみないと何が起こるか分らないものと感じた。
横浜・森祇晶監督が巨人包囲網を提唱した。開幕から巨人に走られたら追撃不能になることを指摘したうえで、リーグ全体の勝率を下げて混戦に持ち込む戦略を提案。「ペナントレースを面白くするためにも苦しめるだけ苦しめたいと思っている」と、30日のヤクルトとの開幕戦には開幕投手にベテランの小宮山悟投手を指名するなどシーズン序盤はベテランの堅実さを駆使して巨人の独走を阻止する。
開幕戦の緊張感をヤクルト・石井一は力に変えた。初回に横浜先頭の金城をカーブで空振り三振に切って取ると、石井琢はフォークで空振り三振。続く小川も149キロの速球で空振り三振だ。昨年の開幕戦(対中日)の6連続奪三振をほうふつさせる3者連続奪三振。「狙っていました。“打てないよ”というのを見せておかないといけないので」と結局7回で5安打8奪三振。開幕戦は、これで3連勝と貫録を見せつけた。
西武が松坂で、また負けた。1点を守る。この困難な作業をするだけの制球がこの試合の松坂にはなかった。五回までは3四死球を与えても1安打投球だったが、1点を先制してもらった六回は近鉄・中村、ローズに連続四球。1死後に礒部に同点の右前打を許した。MAXは148キロ。寒さもあって抑え気味に投げても制球は乱れた。観客は松坂登板日としては最低の1万1000人。球場周辺の桜のように松坂が満開になるのはいつだろうか。
八回無死一、二塁。初球の甘く入ってきたスライダーを見逃さなかった。左翼3階席で弾む待望の今季1号3ラン。敗戦にも近鉄・中村は「狙っていました」と声を躍らせた。前夜の試合で自打球が左かかとを直撃、首脳陣からはDHを勧められたが三塁スタメンを志願。ダイエー・山田のデビュー戦でもあったからだ。その山田からの一発。「前評判通りいい投手だなと思いました。コントロールがいいです」と新たなライバル出現を喜んでいた。
主砲・小久保にアクシデント発生だ(2000.3.29)。福岡ドームで行われたダイエーの練習で、イレギュラーした打球を右目に当てて病院へ直行。幸い眼球にも骨にも異常はなく「右眼瞼(がんけん)打撲」と診断されたが、3連勝と波に乗る中でのアクシデントに王監督は渋い顔だ。27日の近鉄戦では走塁中に左ふくらはぎ肉離れで松中が離脱。「小久保ははれさえひけば大丈夫だろう。松中も2週間ぐらいで戻ってこれるのでは」と王監督は気を取り直していた。
故障者続出のビッグバン打線に四番がいなくなった。2001.3.30からのダイエー3連戦のため、福岡入りした日本ハム・大島監督は「四番?いないんだよ」と困惑顔。オバンドーが左足舟状骨骨折で離脱、片岡も右大腿二頭筋の肉離れで登録抹消。さらにウィルソンも左手親指打撲と万全ではない。ロッテ戦では西浦を抜てきしたが、5打数無安打で3三振。残るは小笠原だけだが「それだと全部の負担がいってしまうからな」と大島監督は頭を抱えていた。
西武・松井が“驚異の粘り”を見せた。三回1死、オリックス先発の小倉に対してカウント2―0から粘りに粘る。9球目でフルカウントになり、10球目から実に8球連続ファウル。最後は142キロの直球に空振り三振に倒れたが、1打席18球は81年に富田(中日)がマークして以来20年ぶり。球団では初の珍記録に松井は「18球?いっぱいいっぱいでした」と話した。
投手陣の乱調で1勝3敗と開幕ダッシュに失敗した西武は12年目のベテラン・潮崎哲也投手を「期間限定」でストッパー起用することになった。入団1年目の90年から抑え役を経験し、通算55セーブをマーク。不振の守護神・森慎二投手の復調を待つ間の1カ月程度を予定している。今季は宝刀シンカーの切れ味も復活。開幕から3試合続けて登板している選手会長が、30日の近鉄戦で今季初勝利を目指す松坂大輔投手とともにチームの危機にフル回転する。
ゲームセットの瞬間、ロッテ・小野は足早にベンチ裏に消えた。小野は徹底した内角攻めで臨んだが、中盤以降に制球が乱れる。七回の日本ハム・金子の同点2ランと、九回2死後に中村豊に許した勝ち越しの中前打はいずれもかわしにいったスライダーだった。それでも昨年6勝20敗と大きく負け越した日本ハムに互角に戦ったことは大きな収穫だ。山本監督は「小野は良く投げた」とかばう。44年ぶりの開幕3連勝こそ逃したが確かな手応えは残った。
イチロー外野手がマイナーリーグの試合に“変則DH”として出場(2001.3.27)。実戦での打席数を増やすのが目的で計13回打席に立ったが、12打数6安打1本塁打と快音を連発し、さすがに格の違いを見せつけた。イチローは「楽しかったです。いい練習だと思います」と“臨時マイナーリーガー”としては実りある1日になったようだ。
イチロー外野手がまたぶつけられた。ロッキーズ戦(2001.3.28)に先発出場し、大リーグ屈指の左腕マイク・ハンプトン投手から死球を受けた。オープン戦20試合で3死球。公式戦の162試合に換算すれば24個で昨季の両リーグで断トツだったビーニャ(カージナルス)の28個に匹敵する。新人への“大リーグ流洗礼”なのか他球団の内角攻めは厳しくなるが、死球の後に2安打を放って打率を.329まで引き上げるなどイチローの打撃フォームが崩されることはない。
イチロー外野手がピオリア・キャンプを打ち上げた。パドレス戦に先発出場し、4打数1安打1打点。二回に左中間を破るオープン戦2本目の適時三塁打を放った。試合後の会見では自信に満ちた口ぶりでキャンプを総括。「野球そのもののレベルは高いが、どうにもならないレベルではない」と自信をのぞかせた。オープン戦は21試合に出場して打率.324。課題とされたパワー不足も2本の本塁打で周囲の雑音を封じ、不安は完全に消えうせた(2001.3.29)。
夏の高校野球も面白いが、大リーグを忘れてはいけない。マリナーズの佐々木投手が、リーグトップに並ぶ38セーブを挙げ、イチロー選手は、15試合連続安打を記録。打率は下がったものの、リーグ3位という成績。やはりスゴイ。
新庄外野手はエクスポズ戦に六番・右翼で先発出場したが、5打数無安打に終わった。打率.422まで上昇したバッティングは小休止(2001.3.27)。七回1死満塁のチャンスには痛烈なライナーを放ったが、三直となってしまった。打率は.380にダウン。それでも新庄は「ピッチャーが良かった。こういう日もあります」と笑顔で球場を後にした。
新庄外野手が開幕を目前にしてプライベートの専属通訳をキャンセルした(2001.3.28)。当初はグラウンドでの“業務用”を含めて2人態勢でいくことにしていたが、ニューヨークに戻る4月9日以降にサポートするのはメッツの岩本通訳だけとなった。新庄のマネジメント担当者は「困ったときや非常時の連絡先だけ本人に教えました」と説明。渡米から1カ月半が経過して英会話もわずかながら上達し“自立心”を呼び込んだようだ。
メッツの新庄剛志外野手はオリオールズ戦にフル出場し、5打数1安打1打点だった。開幕3連戦で激突するブレーブスの先発ローテーションが決まり、3日の開幕戦の相手は昨季21勝左腕のグラビンに決定。9日に対戦した際にはわずか4球で空振り三振に仕留められているが「前回は外ばかり意識して内にきたんで…(今回は)大丈夫」と新庄が打倒グラビンを宣言した(2001.3.29)。
ロッキーズは吉井理人投手のウエーバーを発表した。30日午後1時(日本時間31日午前3時)が最終期限で他球団の獲得は150万ドル(約1億8450万円)の高年俸がネックになっており、期限切れを迎えてFAになる可能性が高い。吉井は球団を通して「私は新しいスタートを楽しみにしている。米国で野球を続けたいと考えているが、日本に戻るのも選択肢のひとつ」とコメントした。
吉井投手のヤクルト復帰が決定的となった。ロ軍は吉井を戦力構想から外し、ウエーバーにかけた。自由契約になればどの球団とも自由に交渉できるが、吉井はかねてメジャーの先発ローテーションを外れた場合は現役選手として日本球界に復帰することを希望していた。古巣ヤクルトの丸山編成部長は「金銭的なものを含めて検討する余地はあるでしょう」と慎重に言葉を選びながら獲得に前向きな姿勢を示した。
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